またまた新聞で

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書きっ放しの個人メディアに対して、雑誌メディアは少なくとも校正作業がある分間違いが減るハズ。さらに新聞となれば、校正の部署があるうえ、校閲部署(もしくは担当者)のフィルターを通す分、記事の信頼度が高くなる。

(ちなみに校正は、書き違いや誤字脱字を修正すること。校閲は、内容に間違いがないかを確認すること。)

だからこそ、新聞を読めば、正しい日本語や正しい知識が身につくと過去から現在にいたるまで、ずっとそう思っている。

ところが最近は、本ブログでも時折指摘する通り、校閲や校正がなされていない、極めて信頼度の乏しい、あたかも個人ブログのような記事が平然と載るようになった。

もはや頼るべきは、辞書しかないのだろうか。新聞大好き人間のぼくにとっては、実に悲しいことである。

今朝のスポーツ新聞の釣り欄を観てまたまたがっかりしてしまった。

1行目の下端から2行目にかけて、「『年無(トシナシ)』」と漢字の読みまで書いてあるのだが、これは間違い。多くの方は、この新聞記事と同じように「年無」を「としなし」と読んでいるケースが多いのだが、正しくは「ねんなし」と読む。

エエーッ、と思う方は、「広辞苑」なり「日本国語大辞典」なりを開いて調べてみるとよい。

本当は、辞書など調べなくても、「新聞にこう書いてあるからそれが正しい」とならなければいけないのだ。

今日の『日刊スポーツ』を読んだ釣りファンは、「年無」を「としなし」と覚えてしまったに違いない。また、間違った知識が広まってしまったことになる。

かくおもえば、新聞の果たす功罪は計り知れない。

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