2004年に「つり丸」誌に書いたエッセイ

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恐れていた時代が、急速に近づいてきているような気がする……。

そのまま再掲載しますので、ちょっと長いですが読んでみてください。

2004年「つり丸」掲載。「ひらめきフィッシング」

 

――洋上にスカンパーを立てた釣り船が1艘。

両舷には、キーパーでがっちり固定されたロッドがずらりと並んでいるものの、釣り人の姿は1人も見当たらない。

操舵室に船頭さんが1人。デッキには、ウデ組みをしたままじっと竿先を見つめている助手らしき人がいるだけだ。

やがて一斉に電動リールが唸り、高速でミチイトを巻き取ってゆく。全てのメタルジグが回収されたのを確認すると、船頭さんがエンジンを吹かし、船を潮上へ移動させる。

魚群探知機を使って魚群を探し当てたところで、集中コントロール用のスイッチを軽く押すと、全てのメタルジグが一斉に水中に吸い込まれてゆく。

着底した順に、自動シャクリが開始される。これは電動リール自体が持つ機能だ。

シャクリの幅や強さは、プリセットによって自由に調節できる。もちろん、その釣り場で最も効果があがるよう、予め船頭さんによって細かいセットがなされているのである。

こうして全てのロッドが常に、電動リールによって、バーチカルジギングを繰り返すことになる。

突然、1本のロッドが大きく絞り込まれた――。

キャビンの中では、コーヒーカップを片手に、釣り人たちが談笑を楽しんでいる。

最近釣り上げた大物の自慢。やれ、あそこの船宿はどうの、あそこの船頭はこうの、といった話が飛び交うのも珍しいことではない。

胸ポケットから写真を取り出し、そのときのことを熱っぽく語ったりしている人もいる。

同じ趣味を持つ仲間同士、ゆったり流れる時間を楽しんでいるのだ。

突然、船内に、船頭さんの興奮した声がスピーカーを通して響き渡る。

「5番ロッドの人! 魚がヒットしていますから、すぐにデッキに上がってきて下さい。5番ロッドの人~っ」

「おっ、おれだおれだ。急いで行かなくちゃ」

一瞬船内にざわめきが広がる。

乗船前のくじ引きによって、自分に割り当てられたロッドの番号が決まっているのである。

壁に設置されたモニター画面には、激しく引き込まれるロッドが大きく映し出されている。

すでに、船頭さんの遠隔操作によって電動リールのスイッチが入れられ、巻き上げ操作が開始されている。

力強くラインが巻き取られていたかと思うと、今度は魚が抵抗し、ドラグを滑らせ、リールからラインを引き出してゆく。傍目にも、相当の大物であることがはっきり分かる。

一進一退の攻防は、画面を通して観ているだけでも迫力満点だ。

その間、ロッドはキーパーに固定されたままの状態で、助手たちもロッドの傍で成り行きを見つめているだけだ。

全て自動。

電動リールの巻き取りパワーとドラグ性能だけが、魚とのヤリトリの成否を握っている。

ラインは、太くて強度に優れたPE。

メタルジグには頑丈なシングルフックが装着されていて、折れたり伸びたりする心配はない。

ロッドは、キーパーに置いたまま使用することが前提で、手持ちでしゃくることなどまずないという想定の元、肉厚ブランクを使用した、丈夫一点張りの設計となっている。

魚対電動リールのバトルが展開されている所へ、5番ロッドを割り当てられた釣り人が駆けつけてきた。

「お客さん、お客さん、まだファイト中です。危ないですからあまり近づかずに安全な所で観ていてください」

助手が、釣り人に指示を出す。

「どうです、大きそうでしょう。どんな大物があがってくるか、楽しみですねぇ」

釣り人に期待感を持たせることも忘れない。やがて水面下に銀鱗がきらめいた。

待ち構えていた助手がリーダーを手に取り、慣れた手つきで水面に引き上げる。

ネットに収まったのは、大きなカンパチ。そのまま船内に引きずり込まれた。

20kgはあろうかという大物である。

「はいっ。それじゃあお客さん、記念写真を撮りますから魚の横に来てにっこり笑ってください。ハイッ、チーズ」

写真が撮り終わると、リリースを希望するかキープを希望するかが確認され、釣り人の望む通りに助手が魚を処理してくれる。

「はい、ご苦労様。それでは再び、キャビンの中でくつろいでいてください」

釣り人がキャビンに戻ると、モニター画面で一部始終を観ていた釣り人たちから、惜しみない拍手が贈られた。

再び時間がこう着し、のんびりした空気が漂いはじめる。

時間はまだまだ、たっぷりある。

さて次は、だれが呼ばれるのか。

――そんな時代がこないよう、祈るのみである――。

【了】

「2004年に「つり丸」誌に書いたエッセイ」への3件のフィードバック

  1. 電動リールが良い例で、昨今の自動車と同様に、人間が作った機械に人間が転がされる時代へと釣りの世界も移り変わりつつある。

    自動車なら機械に制御されず自分の思うままに操るのが本来の楽しみでもあり、自身の能力向上にも繋がる。

    釣りも同様、全て手探りで立ち向かうからこそ、感覚や経験値が上がるのではないかと思う。

    自動化なんて脳が退化するだけで良いこと等は何一つ無いのですから。

  2. 今の船釣りに近い気がしてならりませんね。
    特に深海の釣りはキャビンに人こそ入ってないですが、似てますw
    道具の進化はありがたいですが楽しみまでも奪わないでと願います。

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